
大相撲、プロレス、総合格闘技で活躍し、「借金王」の愛称でも親しまれた安田忠夫さんが亡くなったことが分かった。62歳だった。
関係者の話によると、安田さんは都内の自宅で倒れているところを発見された。8日に出勤予定だったものの職場に姿を見せず、心配した同僚が自宅を訪れたことで発見に至ったという。死亡推定時刻は同日午前2時ごろとみられている。亡くなる直前まで、警備会社で仕事をしていた。
■ 相撲界から頭角を現した異色の経歴
東京都出身の安田さんは、中学3年生のときに九重部屋に勧誘され、1979年3月場所で初土俵を踏んだ。四股名は富士の森、のちに孝乃富士と改め、1990年7月場所には小結に昇進。大相撲の世界で確かな足跡を残した。
■ プロレス転向、そして猪木イズムの継承者へ

1993年6月、相撲界を離れた安田さんは新日本プロレスに入門。翌1994年2月、日本武道館大会での馳浩戦でプロレスデビューを果たす。
2001年にはアントニオ猪木さんに見出され、総合格闘技の舞台へ挑戦。同年大みそかに開催された「INOKI BOM-BA-YE 2001」では、K-1ファイターのジェロム・レ・バンナから大金星を挙げた。この試合後、娘を肩車して男泣きする姿は、多くのファンの記憶に刻まれている。
■ IWGP王座戴冠と、その後のプロレス人生

2002年2月にはIWGPヘビー級王座を獲得。相撲・プロレス・総合格闘技という異なる世界を渡り歩いたレスラーとして、一時代を築いた。
しかし、その後は素行不良などの影響もあり、徐々に第一線から遠ざかることに。2005年1月に新日本プロレスを離れた後は、IWAジャパン、ZERO1-MAX、ハッスル、IGFなど複数の団体に参戦し、2011年2月に引退した。
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■ 「借金王」と呼ばれた男の晩年
現役時代からギャンブル好きとして知られ、「借金王」という異名を取った安田さん。引退後はタレント活動を行う時期もあったが、その後は職を転々とし、近年は警備員として働いていた。
2022年12月には、師匠・アントニオ猪木さんの追悼興行に関する記者会見に登場。久しぶりに公の場に姿を見せ、その存在を改めて印象づけていた。
■ 異端であり続けたレスラーとして
相撲、小結からIWGPヘビー級王者へ。
そして総合格闘技での番狂わせ。
安田忠夫さんのキャリアは、常に順風満帆とは言えなかった。しかし、その不器用さや泥臭さも含めて、多くのファンに強烈な印象を残したことは間違いない。
常識や枠に収まらず、それでもリングに立ち続けた“異端の格闘家”。
その生き様は、今なお語り継がれていくだろう。
心よりご冥福をお祈りいたします。